成川ひとみ ピアノリサイタル
ベートーヴェンとシューベルト その詩情豊かな世界
<3回シリーズ その2>
2003年12月7日(日) 2:00pm
シューベルト ピアノソナタ イ長調 D 959
ベートーヴェン ピアノソナタ 31番 変イ長調 op.110
成川ひとみ(Piano)
愛知県立芸術大学、同大学院修了.引き続きフライブルク音楽大学にて独奏、室内
楽ならぴに17.8世定の鍵盤楽器の演奏法を学ぶ.メンデルスゾーン・コンクール部
門優勝、メンデルスゾーン賞受賞.帰国後は、ソロと室内楽を中心に管・弦楽器との
共演多数。アンサンブル・ソノリタスメンバー。現在、山口大学教育学部助教授、名古
屋芸術大学非常勤講師.
プログラムノート
本日演奏した曲の調性は、シューベルトがイ長調、ベートーヴェンは変イ長調と半音
違いです。半音の高さの違いは、並べて聞いてこそわかるものの、単独で聞くとその
差はかなり微妙で「ちょっと高めかな?低めかな?」程度なのですが、これが調性とし
て音楽を構成し響きの特性を持つようになると、音楽の性格付けに大きく作用をもたら
すようです。
<調性感と音楽のキャラクター>
シューベルトのイ長調ソナタは、若者の颯爽とした旅立ちの音楽で始まり、一方ベート
ーヴェンの冒頭はやさしさと美しさに満ちていますが、試みにこの二曲の調を交換して
弾いてみると、不思議なことに、それぞれの雰囲気(個性)が曖昧になってしまいます。
これは、調性による音の響きに、音楽の性格を司る要素があるからだと考えられます。
他に、たとえばベートーヴェンの運命シンフォニーと、昨年私が取り上げたop.110の
pianoソナタはハ単調ですが、この二曲に共通して感じられる「人生の矛盾への憤り
や、それこそ神に怒りをぶつけているような激しい感情」はハ単調だからこそ現れるキ
ャラクターといえるでしょう。そして、今日演奏したベートーヴェンのop.110のソナタの
慈愛に満ちた美しさは、その裏側(平行調)で「悲しみ」のヘ短調に支えられていて、同
じ短調でも「怒り」のハ短調とはずい分雰囲気が違うと思います。
<12平均律>
バロック時代の終わりのころまで、一般的に音階は純正調で整えられていましたが、
J.S.バッハは転調の可能性を追及して、当時先進的であった12平均律を積極的に取
り入れました。1オクターブをほぼ均等に12分割するので、どの高さへ行っても和音
のバランスが崩れません。だからどの調でも同じ響きがするはずなのに、それでも調
性のもたらす響きのキャラクターは明らかに存在するのです。
私は以前からJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集第一巻」は、まるで「調性とそれ
が表す音楽キャラクターの辞典」の用田と思っていたので、今回、op.110のソナタの局
中の調性を巡りながら、調と音楽の性格の例を照合してみましたが、その結果、ベート
ーヴェンが表現したかった世界を、より具体的にイメージできたように感じられ、とても
興味深かったです。
シューベルトのこのイ長調のソナタは、1828年、彼が31歳で没した年の作品で、作
品番号の続く変ロ長調と長大さにおいて並び称されますが、各楽章の構成やバランス
から見て、シューベルトの全pianoソナタ中、最もスケールの大きなソナタといえましょ
う。ベートーヴェンの最後の3曲のソナタは3曲とも、特にその最終楽章に凝縮された
魅力を持っているように思われますが、op.110の最終楽章は、「嘆きの歌」やフーガを
含み、自由自在な構成で聞き手を有限の世界へ導きます。
<3回シリーズ その3> 2004年 (予定)
シューベルト ピアノソナタ 変ロ長調 D 960
ベートーヴェン ピアノソナタ 30番 op.109